「天網恢恢疎にして漏らさず」は聞いたことがあっても、意味や使う場面がようわからへん、と感じることはありませんか。
ことわざらしい重みのある言葉やからこそ、会話や文章で使ってきつい印象にならないか心配になる方も多いでしょう。
この言葉は、表に出ていなかった好ましくない行いも、いつかは明らかになるという意味合いを持つ表現です。
この記事では、「天網恢恢疎にして漏らさず」の正しい読み方や意味、自然な使い方を、例文とともにやさしくご紹介します。
由来や表記の違い、似た表現との使い分けも知っておくと、場面に合った伝え方がしやすくなりますよ。
この記事でわかること
- 「天網恢恢疎にして漏らさず」の意味と使うときの注意点
- 正しい読み方と、日常会話・文章で使える例文
- 『老子』に由来する言葉の背景と、表記の違い
- 似た表現との違いと、英語で趣旨を伝える考え方
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、隠した行いもいずれ明らかになる場面で使う

「天網恢恢疎にして漏らさず」は、表に出ていなかった好ましくない行いでも、いつかは人に知られたり事実が明らかになったりする、という意味合いで使う言葉です。
自分自身への戒めとして用いるほか、後から事情がわかった出来事を静かに振り返る場面にもなじみます。
ただし、相手を追い詰めるように使うときつく響きやすいため、使う相手と場面を選ぶことが大切やね。
好ましくない行いへの戒めとして使う
この言葉には、「見られていないから大丈夫」「隠し通せるだろう」と考えるのではなく、日頃から誠実に行動しよう、という教訓が含まれています。
誰かを非難するためというより、自分の行いを見直すための言葉として受け取ると、やわらかく自然です。
たとえば、仕事での小さなごまかしや、約束を軽く扱うことについて考えるときに、「天網恢恢疎にして漏らさずというし、きちんとしておこう」といった気持ちで使えます。
ここでいう「明らかになる」は、必ずしも大ごとになるという意味ではありません。
何気ない会話や記録の確認、周囲との信頼関係の変化などを通じて、行動の積み重ねが見えてくる場合もある、という慎みのある捉え方です。
- 人に見られていない場面でも、丁寧にふるまおうとするとき。
- 目先の都合だけで判断しそうになり、自分を戒めたいとき。
- 長い目で見て信頼を大切にしたいと感じるとき。
事実が明らかになった出来事を評するときに使う
当初は事情がわからなかったものの、時間がたって経緯がはっきりした出来事を振り返る際にも使われます。
この場合は、驚きや怒りを強く表すというより、結局は隠しきれなかったのだなという感慨を込める言い方になります。
たとえば、行き違いの原因が後になって判明したときや、説明と実際の状況に違いがあったとわかったときに、「天網恢恢疎にして漏らさずとは、このことかもしれませんね」と述べるような使い方です。
言葉そのものに重みがあるため、日常の軽い失敗に対して使うと大げさに聞こえることがあります。
人の信頼や責任に関わる出来事など、ある程度あらたまった内容を評する場面のほうが、言葉の雰囲気に合いやすいでしょう。
| なじみやすい場面 | 慎重にしたい場面 |
|---|---|
| 時間を経て重要な経緯が明らかになったとき | うっかり忘れ物をしたなど、軽い出来事 |
| 自分の姿勢を正したいと感じたとき | その場の冗談として相手の失敗に触れるとき |
| 出来事を落ち着いて総括するとき | 事実関係がまだ十分に確かめられていないとき |
相手を責めるような直接的な使い方は避ける
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、相手に向けて直接言うと、「あなたの行いは見逃されない」と受け取られるおそれがあります。
とくに、事情が整理できていない段階や、相手が不安を感じている場面では、決めつけるような言い方にならないよう注意したいところです。
事実が確認できていないのにこの言葉を使うと、相手への疑いを強めたり、関係をこじらせたりすることもあります。
そんなときは、まず状況を確かめ、「確認してから話しましょう」「経緯を整理してみましょう」と落ち着いて伝えるほうが安心です。
この言葉を使うなら、誰かを責める目的ではなく、出来事から学ぶ姿勢や自分への戒めを示す場面が向いています。
読み方は「てんもうかいかい、そにしてもらさず」
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、てんもうかいかい、そにしてもらさずと読みます。
「天網恢恢」と「疎にして漏らさず」の間で少し区切ると、意味のまとまりをつかみやすいですよ。
| 語句 | 読み方 |
|---|---|
| 天網 | てんもう |
| 恢恢 | かいかい |
| 疎にして | そにして |
| 漏らさず | もらさず |
とくに「恢恢」は日常ではあまり見かけない漢字なので、「かいかい」と読めるようにしておくと安心です。
また、「疎」は「そ」と読み、「うとい」と読む場合とは読み方が異なります。
全体では「天の網は粗く見えても何ひとつ取り逃さない」という意味
この言葉全体は、天の網は一見すると目が粗いようでも、何ひとつ取り逃さないというイメージを表しています。
ここでいう「天」は空そのものというよりも、人の力を超えた大きな道理や見守るはたらきをたとえたものです。
網の目が広ければ、間からすり抜けられそうに感じるかもしれません。
けれども実際には取り逃しがない、という対比に、この言葉ならではの印象深さがあります。
「恢恢」と「疎にして漏らさず」を続けて見ると、広く大きな網でありながら、結果として漏れがないという意味の流れがわかりやすくなります。
「天網」は天が張り巡らせた網を表す
「天網」は、天が張り巡らせた網を表す言葉です。
もちろん、本当に空に網がかかっているという意味ではありません。
目には見えないものの、広い範囲に及ぶ大きなはたらきを、網になぞらえているんですね。
「天」は人の思いどおりにはならない大きな流れを、「網」は逃れにくさや包み込む広がりを感じさせます。
この二つの漢字が合わさることで、個人の力だけでは測りきれない、広く行き渡るものという雰囲気が生まれます。
「恢恢」は広くて大きい様子を表す
「恢恢」は、広々として大きい様子を表します。
同じ漢字を重ねることで、ただ広いだけではなく、果てしなく広がっているような印象が強まります。
「恢」は普段の会話ではあまり使わないため、見慣れないと感じる方もいらっしゃるでしょう。
読み方は「かいかい」で、「こうこう」や「ひろびろ」とは読みません。
言葉の前半に「恢恢」が置かれることで、天の網が小さな範囲ではなく、どこまでも広く張られている様子が伝わります。
「疎にして漏らさず」は目が粗くても取り逃さないことを表す
「疎にして漏らさず」は、網の目が粗く見えても、取り逃しはないという意味です。
「疎」は、間があいていて密ではない状態を表しています。
網にたとえるなら、目と目の間が広く、何かが通り抜けられそうな状態ですね。
一方の「漏らさず」は、外へ逃がしたり取りこぼしたりしないことを意味します。
つまり、「疎にして」と「漏らさず」は、一見すると反対の内容を並べた表現です。
その意外な組み合わせによって、見た目だけではわからない確かさや、最終的には見逃されないという趣旨が際立っています。
読み上げるときは、「そにして」を急がず、「そにして、もらさず」と軽く間を置くと、言葉の構造が伝わりやすいでしょう。
日常会話や文章での使い方がわかる例文
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、あとになって事実がわかった場面や、隠していたことが表に出た場面で使うと自然です。
少し重みのあることわざなので、親しい会話では冗談めかしてやわらかく、文章では状況に合わせて落ち着いて使うとええでしょう。
相手を強く責めるためではなく、行いはいつか見られているかもしれないという気づきを伝える言葉として用いると、角が立ちにくくなります。
日常会話で使えるやわらかな例文
家族や友人との会話では、深刻になりすぎない出来事に添えると使いやすい表現です。
たとえば、ちょっとしたごまかしが見つかったときに、笑いながら言う使い方があります。
| 場面 | 例文 |
|---|---|
| 子どもとの会話 | おやつを食べたこと、すぐわかってしもたね。天網恢恢疎にして漏らさず、やね。 |
| 友人との会話 | 内緒で先に映画を観に行ったの、写真でばれてしもたんやね。天網恢恢疎にして漏らさずやなあ。 |
| 家族との会話 | 片づけたつもりでも、机の下にレシートが残ってたわ。ほんまに天網恢恢疎にして漏らさずやね。 |
このような場面では、語尾を「やね」「やなあ」とやわらげると、ことわざ特有のかたさが和らぎます。
ただし、相手が困っているときや傷ついているときには、冗談のつもりでも重く響くことがあるため、様子を見て使いたいところです。
報道や社会の出来事について述べる例文
報道や社会に関する話題では、長い時間を経て経緯が明らかになった出来事について使われることがあります。
感情的に決めつけるのではなく、判明した事実を受けて述べるのが大切です。
- 長年わからなかった経緯が記録によって明らかになり、天網恢恢疎にして漏らさずという言葉を思い出した。
- 関係者の証言や資料がそろい、出来事の全体像が見えてきた。まさに天網恢恢疎にして漏らさずと感じる人もいるだろう。
- 時間がかかっても確認が進んだことに、このことわざが持つ重みを感じた。
とくに社会的な話題では、確認できていない内容を断定する形では使わないようにしましょう。
「そう感じる」「思い出す」といった表現を添えると、意見として穏やかにまとめやすくなります。
仕事上の文章や会話で使う例文
仕事の場では、確認不足や共有漏れがあとから見つかった際に使えます。
ただし、相手を追い詰めるように聞こえる場合もあるため、社内の正式な連絡や取引先への文面では、より具体的な説明を優先するほうが安心です。
| 使う場面 | 例文 |
|---|---|
| 社内での振り返り | 記録を確認したら経緯がわかりましたね。天網恢恢疎にして漏らさず、ということかもしれません。 |
| 研修やスピーチ | 小さな作業でも記録は残ります。天網恢恢疎にして漏らさずという気持ちで、丁寧に取り組みましょう。 |
| 文章での所感 | 最終的に確認の手がかりがそろった点に、天網恢恢疎にして漏らさずという言葉を重ねました。 |
仕事ではことわざだけで済ませず、必要に応じて「記録を確認する」「手順を見直す」など、次の行動も一緒に示すと伝わりやすいです。
戒めの言葉として使う例文
自分自身や身近な人への戒めとして使うなら、誰かを責めるよりも、誠実に行動する大切さへ話をつなげるのがおすすめです。
少しあらたまった響きがあるため、手紙や挨拶、子どもに伝える言葉にもなじみます。
- 見られていない場所でも、丁寧にふるまいたいものです。天網恢恢疎にして漏らさず、と言いますからね。
- 目先だけ取り繕うのではなく、毎日の積み重ねを大切にしたい。天網恢恢疎にして漏らさずという言葉は、その心がけを思い出させてくれます。
- 人に知られなくても、自分が納得できる行動を選びましょう。そんな戒めとして、このことわざを胸に置いておきたいですね。
この使い方なら、ことわざの重みを生かしながらも、前向きな心がけを伝える表現になります。
由来は『老子』第73章の「天網恢恢、疎にして失わず」

「天網恢恢疎にして漏らさず」は、中国の思想書『老子』第73章にある「天網恢恢、疎にして失わず」という一節に由来します。
天の道は広くゆるやかに見えても、人の行いを取りこぼさないという考え方を表した言葉なんですね。
現在よく知られる「漏らさず」は、日本で意味を受け取りやすい形として定着していった表現と考えられます。
原文が表す天の道と人の行い
『老子』は、古代中国の思想家・老子の考えを伝える書物で、自然の流れにかなった生き方や、力で無理に動かそうとしない姿勢を説いています。
第73章には、天の道について「争わずしてよく勝ち、言わずしてよく応じ、呼ばずして自ずから来る」といった趣旨の言葉が続きます。
その流れの最後に置かれているのが、「天網恢恢、疎にして失わず」です。
ここでいう「天網」は、空に広がる網のようにたとえた、天の道理や大きな秩序を指します。
「恢恢」は非常に広く大きい様子、「疎」は網目が粗い様子、「失わず」は取り逃がさないという意味です。
つまり、すぐに答えが見えなくても、世の中の道理は人の行いを見失わない、という含みがあります。
| 言葉 | 表すイメージ |
|---|---|
| 天網 | 天の道理や、広く行き渡る大きな秩序 |
| 恢恢 | 果てしないほど広々としている様子 |
| 疎 | 網目が粗く、一見すると抜け道がありそうに見える様子 |
| 失わず | 最終的には見失ったり取りこぼしたりしないこと |
ただし、この一節は、誰かを一方的に裁くための言葉として受け取るより、自分の行いを静かに振り返る教えとして捉えると、本来の思想に近づきやすいでしょう。
目先の結果だけでは測れないこともあるからこそ、日々のふるまいを大切にしよう、という穏やかな戒めにもなります。
「失わず」が「漏らさず」として広まった背景
原文の「失わず」は、字面どおりには「失わない」「取り逃がさない」という意味です。
一方、日本語では網に関する表現として「漏らさない」のほうがイメージしやすく、網目から何かが抜けてしまう場面とも自然につながります。
そのため、「疎にして失わず」の意味をわかりやすく言い表す形として、「疎にして漏らさず」が広く親しまれるようになったとされています。
「失う」には見失う意味合いがあり、「漏らす」には網の目からこぼれ落ちる意味合いがあります。
どちらも、広く粗いように見える天の網が、結局は人の行いを取りこぼさないという中心の考えを伝えています。
ただ、古典の出典を示したい文章では「失わず」を用いると、原文に沿った表現になります。
反対に、一般向けの読み物では「漏らさず」のほうが意味を想像しやすく、やわらかく伝わることも多いです。
文学作品でも用いられてきた表現
「天網恢恢」は、中国の古典を学ぶ漢文の世界で長く読まれ、日本でも知識人や文人の文章に取り入れられてきました。
歴史を題材にした物語、随筆、評論などでは、人の思惑を超えた流れや、時を経て明らかになる出来事を語る際に、この表現がなじみやすかったのです。
とくに、古典的な文章では「天網恢恢、疎にして失わず」と原文に近い形で引かれることがあります。
近代以降になると、漢文調の重みを生かしながら、人物の行動への所感や人生訓を述べる表現としても見られるようになりました。
文学作品の中では、単に出来事の結末を示すだけでなく、人の行いと時の流れを見つめる言葉として使われる点が特徴です。
その背景を知っておくと、このことわざには少し厳かな響きがある理由も、すっとわかりますね。
省略形や漢字表記には複数の形がある
「天網恢恢疎にして漏らさず」には、省略した形や漢字を替えた形がいくつかありますが、一般的には「天網恢恢疎にして漏らさず」と書けば安心です。
とくに「疎」を「粗」にしたり、「漏」を別の字にしたりすると印象が変わることもあるため、文章の目的に合わせて選ぶとええですね。
なお、短く「天網恢恢」とだけ記す場合や、古典に近い「失わず」を用いる場合もあります。
| 表記 | 使われ方・特徴 |
|---|---|
| 天網恢恢疎にして漏らさず | 現在もっとも広く見かける一般的な形 |
| 天網恢恢 | 文脈が共有されている場面での省略形 |
| 天網恢恢疎にして洩らさず | 「漏らさず」の異体字を用いた表記 |
| 天網恢恢疎にして失わず | 出典に近い形として、古典や解説で用いられる表記 |
「天網恢恢」だけでも文脈によって意味は通じる
「天網恢恢」は、後半の「疎にして漏らさず」を省いた短い言い方です。
この四字だけでも、前後の流れから人の行いが見過ごされないという趣旨を読み取れる場合があります。
たとえば、すでにことわざの内容を説明したあとなら、「まさに天網恢恢と感じる出来事でした」のように使えます。
短くまとめられるぶん、見出しや随筆、少し格調のある文章にもなじみやすい表現です。
ただし、「天網恢恢」だけでは意味を知らない人に意図が伝わりにくいこともあります。
初めて使う文章や、幅広い相手が読む案内文では、省略せずに全文を書くほうが親切です。
- 前後に説明がある場合:天網恢恢
- ことわざとして意味を明確に示したい場合:天網恢恢疎にして漏らさず
- 見出しなどで短く印象づけたい場合:天網恢恢
「疎」が一般的で「粗」とは意味合いが異なる
ことわざでは、「疎にして」と書くのが一般的です。
「疎」には、間があいていることや、密ではないことという意味があります。
一方の「粗」には、つくりが大まかであることや、細かさに欠けることという意味合いがあります。
どちらも「あらい」と読める字ですが、このことわざで表したいのは、網の目が広く見える様子です。
そのため、「粗にして漏らさず」と書くと意味を推測できる場合はあっても、定着した表記とはいいにくいでしょう。
迷ったときは、「疎遠」の「疎」と覚えておくと書き分けやすいです。
網の目と網の目の間が離れているイメージを持つと、「疎」を選ぶ理由がわかりやすいですね。
「漏らさず」と「洩らさず」はどちらも見られる
後半は「漏らさず」と書かれることが多い一方で、「洩らさず」とする表記も見られます。
「漏」と「洩」は、どちらも中から外へ出ることや、こぼれ出ることに関わる字です。
現代の一般的な文章では、「漏らさず」を選ぶほうが読み手になじみやすいでしょう。
「洩」は古風な印象や漢文調の雰囲気を出したいときに使われることがあります。
ただし、表記を選ぶことでことわざの中心的な意味が大きく変わるわけではありません。
読みやすさを優先するなら「天網恢恢疎にして漏らさず」、古典的な趣を意識するなら「洩らさず」も選択肢になります。
同じ記事や資料の中では、どちらか一方に表記をそろえると、すっきり読みやすくなります。
「天網恢恢疎にして失わず」も由来に沿った表現
「天網恢恢疎にして失わず」は、古典の語句に沿った形として使われる表記です。
「失わず」には、取り逃がさない、見失わないといったニュアンスがあります。
一般によく知られている「漏らさず」とは語が異なりますが、どちらも広い網が対象を取りこぼさないというイメージにつながります。
古典について説明する文章や、出典とのつながりを大切にしたい場面では、「失わず」を用いると自然です。
反対に、日常的な読み物や会話に近い文章では、「漏らさず」のほうが意味を受け取りやすいことも多いでしょう。
表記に唯一の正解があるというより、読み手と文章の場面に合う形を選ぶことが大切です。
似た表現とは結果に焦点を当てる度合いが異なる
「天網恢恢疎にして漏らさず」と似た表現には、行いに見合う結果が生じることや、逃れられないことを伝える言葉があります。
ただし、結果が返ることを中心にするのか、結果がすぐ現れることを強調するのかによって、ふさわしい表現は変わります。
伝えたい場面の重さや相手との距離感に合わせて選ぶと、言葉がきつくなりすぎず、自然に気持ちを届けられます。
| 表現 | 焦点になる点 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 因果応報 | 行いに応じた結果 | 長い目で見た出来事の流れを述べる場面 |
| 天罰覿面 | よくない結果がすぐ現れること | 直後に結果が出た出来事を表す場面 |
| お天道様は見ている | 誰かが見ていなくても行いは見られていること | 身近な人へのやわらかな声かけ |
| 天網逃れ難し | 逃れられないこと | 結末を短く印象的に述べる場面 |
「因果応報」は行いに応じた結果が返ることを表す
「因果応報」は、ある行いが原因となり、それに応じた結果が返ってくるという考え方を表す言葉です。
よくない行いについて使われることもありますが、思いやりのある行いがよい結果につながるという意味合いでも使えます。
そのため、「天網恢恢疎にして漏らさず」よりも、出来事の結末だけでなく、原因と結果のつながり全体に目を向ける表現といえるでしょう。
たとえば、「人を大切にしてきた姿勢が信頼につながったのは、因果応報ともいえるね」のように用いられます。
一方で、隠していたことが後から明らかになった場面を言いたいなら、因果応報よりも「天網恢恢疎にして漏らさず」のほうが状況に合いやすいです。
「天罰覿面」はよくない行いの結果がすぐに現れることを表す
「天罰覿面」は、よくない行いをした直後に、その報いのような出来事が起こることを表します。
「覿面」には、結果が目の前にはっきり現れるというニュアンスがあります。
結果がすぐに出たことを強調したい場合に向くため、時間を経てから事実が分かる場面とは少し距離があります。
たとえば、約束を軽く扱った直後に自分が困る状況になったとき、「天罰覿面だったのかもしれへんね」と表現できます。
ただし、相手に直接向けると強く聞こえることがあるため、日常会話では使う相手や場面に気をつけると安心です。
時間がかかっても取りこぼされないイメージを伝えたいときは、「天網恢恢疎にして漏らさず」のほうがなじみます。
「お天道様は見ている」は日常的でやわらかい戒めに向く
「お天道様は見ている」は、誰も見ていないように思えても、日ごろの行いはどこかで見られているという意味で使われます。
お天道様は太陽を親しみを込めて呼ぶ言い方で、ことわざ全体にもあたたかく素朴な響きがあります。
子どもに声をかけるときや、自分自身の気持ちを整えたいときには、強く責めずに姿勢を正す言葉として使いやすいでしょう。
たとえば、「見られていないからといって手を抜かんと、お天道様は見ていると思って丁寧にやろうね」といった言い方ができます。
「天網恢恢疎にして漏らさず」が結末の重みを感じさせるのに対し、「お天道様は見ている」は毎日の心がけを促す表現です。
「天網逃れ難し」は逃れられないことを端的に表す
「天網逃れ難し」は、広く張り巡らされた網から逃れるのは難しいという意味を、短く表した言葉です。
細かな事情を説明せずとも、逃げ切ることはできないという結末の印象を伝えられます。
文章の見出しやまとめの一文など、簡潔で引き締まった表現にしたい場面で使いやすいでしょう。
たとえば、「長く隠し通せると思っていても、天網逃れ難しということなのかもしれない」と書けます。
ただし、意味を知らない人には少し硬く感じられることもあるため、会話では前後の文で状況を補うと伝わりやすくなります。
似た言葉を選ぶときは、結果の出方、時間の早さ、言葉のやわらかさを見比べると、ぴったりの表現を選びやすいですよ。
英語では「正義の網からは逃れられない」という趣旨で表現する

「天網恢恢疎にして漏らさず」を英語にするときは、言葉をそのまま置き換えるよりも、「よくない行いは、いずれ明らかになり責任を問われる」という趣旨を伝えるのが自然です。
英語では網のたとえを使うより、正義や真実から逃れられないことを表す言い回しがよく選ばれます。
日本語のことわざが持つ重みを保ちたいなら、場面の硬さや相手との距離に合わせて表現を選ぶとええですよ。
直訳よりも意味を伝える英語表現が自然
「天の網は広く、目が粗いように見えても取り逃がさない」といった形で直訳しても、英語圏の人には意図が伝わりにくいことがあります。
そのため、英訳では正義は最終的に行いを見逃さないという意味がわかる表現にするのがおすすめです。
代表的なのは、「No one can escape justice.」という言い方です。
これは「誰も正義から逃れることはできない」という意味で、短くはっきりとした印象があります。
また、「Justice will prevail.」は「正義は最終的に勝る」という趣旨の表現です。
個人の行いを直接指摘するよりも、物事の結末や正しい結果に目を向けたい場面に向いています。
「The truth will come out eventually.」は、「真実はいずれ明らかになる」という意味です。
正義という言葉を使わず、秘密にされていたことや事実が時間を経て表に出る流れを、比較的やわらかく伝えられます。
| 英語表現 | 伝わるニュアンス | 向いている場面 |
|---|---|---|
| No one can escape justice. | 正義からは逃れられない | 強い結論を簡潔に述べたいとき |
| Justice will prevail. | 最終的には正しい結果になる | 希望や信念を込めて伝えたいとき |
| The truth will come out eventually. | 真実はいずれ明らかになる | 事実が明るみに出ることを穏やかに述べたいとき |
| What is done in the dark will come to light. | 隠れて行われたことも表に出る | たとえを交えて印象的に伝えたいとき |
なお、「justice」は法律上の正義だけでなく、公平さや正しいあり方という広い意味でも使われます。
ただし、相手を強く責めるように聞こえる場合もあるため、日常的なやり取りでは「truth」を使った表現のほうがなじみやすいこともあります。
場面に合わせた英訳例
英訳を使うときは、ことわざそのものを訳すというより、前後の文章に合う一文として整えるのがポイントです。
たとえば、長く隠されていた事実が分かった場面では、次のように表せます。
- In the end, the truth came out.結局、真実は明らかになった。
- It seems that no one can escape justice.誰も正義からは逃れられないようです。
- What was hidden eventually came to light.隠されていたことは、いずれ明るみに出ました。
少し落ち着いた文章にしたい場合は、「Justice will prevail in the end.」が使えます。
これは「最後には正しい結果に落ち着く」という願いや信頼を込めた言い方です。
一方で、身近な会話で重くしすぎたくないなら、「The truth always finds a way out.」のように、真実が表に出てくることへ焦点を当てる言い方もできます。
英語では、日本語のことわざを一語一句同じ形にする必要はありません。
伝えたいのが「逃れられない結末」なのか、「真実が分かること」なのか、「正しい結果への願い」なのかを先に決めると、自然な表現を選びやすくなります。
「天網恢恢疎にして漏らさず」の趣旨を英語で届けたいときは、相手に伝わるわかりやすさを大切にするとええでしょう。
まとめ
この記事のポイントをまとめます。
- 「天網恢恢疎にして漏らさず」は、隠れていた好ましくない行いも、いずれ明らかになるという意味の言葉です。
- 読み方は「てんもうかいかい、そにしてもらさず」です。
- 自分への戒めや、後から事実がわかった出来事を振り返る場面で使います。
- 相手を責めるように使うと強く響くため、言う相手や状況を選ぶことが大切です。
- 由来は『老子』第73章の「天網恢恢、疎にして失わず」にあります。
- 一般的な表記は「天網恢恢疎にして漏らさず」ですが、「天網恢恢」や「疎にして失わず」とする形もあります。
- 似た言葉には「因果応報」などがありますが、伝える内容や重さに合わせて使い分けると自然です。
- 英語では直訳よりも、真実や正義から逃れられないという趣旨で表現します。
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、少し難しそうに見えても、意味を知ると日常の出来事や文章の中で使いやすい言葉です。
ただし、誰かをきつく責めるためではなく、自分の行いを見つめ直したり、静かに出来事を受け止めたりする気持ちで使うと、言葉の重みが自然に伝わります。
まずは読み方と基本の意味を覚えて、会話ではやわらかい言い方を添えながら使ってみてくださいね。
